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2011年2月

2011年2月14日 (月)

お城を作った『大工さん』は……

日本の城はとにかく美しいですね。

荘厳な大天守閣を持った城は日本各地にあります。

ですが、日本の城は最初からあのような大天守閣を持っていたわけではありません。
最初は砦みたいなもので、中心の建物は『屋敷』程度のものがほとんど。
天守閣らしくなってきても、せいぜい3階建てが主流でした。

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福井の丸岡城です。現存する城では、日本最古のもの。
3階建てです。

Photo
備中高松城。
こちらなんか、御殿みたいですが、天主は2階建てです。


では、いつ誰が今我々の知っている大天守閣を造ったのでしょうか。

それは、『岡部又右衛門』と言う人です。宮大工さんです。

よく、冗談で「この大坂城、誰が建てたか知ってるか?」「大工さん!」ってのがありますが、実は良く考えると確かに大工さんが建てます。当たり前です。

この岡部又右衛門が日本で最初の大天守閣を建てました。
その城は『安土城』です。

クライアントは織田信長。

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織田信長は、岡部又右衛門に「5階建ての城を建てよ!」と命令します。
又右衛門は、「そんな城は見た事ありません」と答えると、信長は「できないのか?」と睨む。。。。。。。
『できません』は、死を意味しますので又右衛門は必死で考え、あるアイディアが浮かび、信長に言います。
「5階建てに見せようとしたら、バランス上、7階建てとしたほうが良いです」と進言。信長はいたく気に入り、ドンドンと自分の構想を言い放ちます。
『山一つ、城にする』
『吹き抜けにせよ』
『ヨーロッパ人を驚かせよ』
『3年で建てよ』

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まあー、無理難題です。

皆さんが実際仕事をするとき、見た事も聞いた事もない話を聞かされ、具体的に形を思いつき、それを作り上げられますか?
私はそれをする自信はありません。

が、又右衛門は、まだ見た事のない大天守閣をデザインし、命がけで作りあげる訳です。

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本来、城と言うのは『要塞』です。軍事目的の建物で、攻めにくく燃えにくいのが鉄則です。
ですが、安土城は、燃えやすい吹き抜け構造で、山の麓から天主閣(後にテンシュカクは、『天守閣』と言う字に変わります。』)まで、一直線の石段でした。攻めるのは簡単なんです。

なぜ信長は、そんな城を又右衛門に命じたのか……
現在歴史上の謎と言われていますが、一節には、『新興宗教《信長教》の神殿として』考えられ、自分を誇示するシンボルとしての目的だったと言われています。

帝(天皇)が来た時の滞在御殿は、天主の麓において、帝を見下ろし、キリスト教の聖堂のシンボル『吹き抜け』の上の階に、仏教世界の間を作り、そのまた上の階に自分の坐所を作ります。

天皇・キリスト・仏陀の上に、自分がいると言った意味の天主だったそうです。

とんでもない考えでしょ。
でも、それを見える形にし、住めるようにし、巨大に作り上げたのが、宮大工の岡部又右衛門でした。

ポルトガル人イエズス会宣教師であるルイス・フロイスは、「中心には、彼らがテンシュと呼ぶ一種の塔があり、私たちの塔より気品があり壮大な建築である。我が国にもこのような荘厳で気品のある建物はない。」とまで、著書『日本史』に記してます。

この安土城を具現化しないと殺される。命がけだったとはいえ、自分がまだこの世にないものを作り上げると云った技量と自信とポジションにうち震えていたかもしれませんね。

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皆さんも、モノを作る人になりつつあります。

少し前のブログに『目標とする人を持って下さい』と書きました。

ダビンチやピカソも偉大な人ですが、我が国にもとてつもない人がいた事を知ってほしいのです。

岡部又右衛門は、見た事もない城をどうやって考え、作り上げたのか……

安土城について・岡部又右衛門について等は、いろんな文献が出版されていますので、一度くらいは見てみて下さい。

さらに、この安土城、完成後たった3年で業火に包まれ焼け落ちました。荘厳な建物だった上に、寿命の短さから『幻の城』とも言われています。

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本能寺の変で暗殺された織田信長の夢の壮大さと儚さと掛け合わせて表現された言葉とも言えます。
それだけ、魅力のあるお城です、安土城は。


皆さんには、モノ作りを目指す以上、岡部又右衛門のようなクリエーターを目標にして頂きたいのです。

また、ある文献では、安土城建設の依頼は、『指図争い《さしずあらそい》(コンペ形式)』だったとも言われています。
岡部又右衛門のライバルは、
京都鹿苑寺『金閣』を建てた池上家の池上五郎右衛門、
奈良東大寺『大仏殿』を建てた中井家の中井孫太夫
だったと言います。

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鹿苑寺『金閣』と東大寺『大仏殿』を建てた一門を相手に、プレゼンテーションで勝ったと言う一節です。

ただ作るだけでなく、人を説得出来る技量もクリエーターには必要なんです。

見た事もないものを、感動を与えながら他人に納得させる。。。。。。。。
皆さんがする勉強は、こんなことを意味しているんです。

頑張ってねー。

2011年2月 8日 (火)

ダイヤモンド

さて今回のお話は、宝石の王者『ダイヤモンド』です。
ダイヤモンドの事を詳しく書いていると、何冊もの本になるので、特に有名な二つのダイヤのお話をちょっと書きます。

まず、ダイヤモンドで気になるのは、『大きさ』

世界最大のダイヤのお話を書きます。

現在、世界最大の研磨済みダイヤモンドは、「ザ・ゴールデン・ジュビリー」です。この石は545.67カラットあり、国王ラーマ9世の治世50周年を記念して1997年にタイ王室に献上されました。

カラットって云うのは、重さの単位で、1カラットは0.2g。545.67カラットは、109.134gと云うことになります。
普通我々が買うダイヤモンドって、せいぜい0.2カラットくらいですから、とてつもない大きさです。

ちなみにダイヤのカラットって云うのは、『ct』と書き、「キャラット」と発音する事が多いんです。
「カラット」と素直に発音すると、これは『金の純度』を表す単位の意味になります。
金のカラットの単位記号は『K』。カラットです。
24金とか18金とか言うでしょ。これが実はカラットです。24K・18Kと表記します。



さて、原石としての最大のダイヤは、『カリナン』です。
『カリナン』は、1905年に南アフリカで発見され、カット前の原石は3106カラットもあり、これをカットすることで合計1063カラットの105個の宝石が得られました。
これらは当時のイギリス国王であるエドワード7世に献上されています。
105個のなかでも「ザ・グレート・スター・オブ・アフリカ(偉大なアフリカの星)」は530.20カラットで、カットされたダイヤモンドとしては長らく世界最大の大きさを誇っていた。
この「ザ・グレート・スター・オブ・アフリカ」はロンドン塔内に展示されており、見学することができます。
皆さんもロンドンに行った時にはぜひ見て来て下さい。

現在はイギリス王室の女王陛下が持つ『錫杖』のトップを飾っています。
これがその世界最大の原石ダイヤ『カリナン1世』です。これがロンドン塔に飾られています。
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そしてこれも『カリナン』
『カリナン2世』です。
イギリス王室のエリザベス女王陛下の王冠に飾られています。
王冠の下の方に、でっかいダイヤがあるでしょ。
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さーて、アフリカの星『カリナン』に次いでか、並んでか……
超有名なダイヤモンドが、
『ホープのダイヤモンド』です。

持つもの総てが不幸になると言う『呪いのダイヤ』で有名です。

9世紀頃―インド南部のデカン高原にあるコーラルという町を流れる川で、農夫により偶然発見され、その後転々と持ち主が変わります。

●フランス人ジャン=バティスト・タヴェルニエがヒンドゥー教寺院に置かれた女神シータの彫像の目に嵌められていた2つのうちの1つを盗み、その後狼に食い荒らされて死んだ。。。。。。

●フランス王ルイ14世・ルイ15世は病死。

●ルイ16世と王妃マリー・アントワネットは、そろってフランス革命で処刑。

●その後、何人もの資産家や宝石商の手に渡るも、すべての人が変死。

●さらにその後、銀行家ヘンリー・フィリップ・ホープが1万8000ポンドで競り落とします。 が、ホープ家に渡ったこのダイヤは、数代に渡りホープ家の人が所有するも、大富豪のホープ家は、破産。

この頃に、このダイヤに『ホープ・ダイヤモンド』と名がつきます。


好きでしょ?呪いのお話。。。。。。

でもね、その後これらの呪いのお話は、ある宝石商のねつ造だったと判り始めました。
そのねつ造者は、かの『ピエール・カルティエ』です。
なんとまあ、カルティエさんたら……

カルティエは、アメリカの富豪に、この呪いのダイヤを売りつけます。買ったのは、アメリカの社交界の名士エヴェリン・ウォルシュ・マクリーン。
でも、マクリーン夫人は、呪いのダイヤに魅力を感じて、納得の上買ったそうです。

その10年後、一人息子が交通事故死。マクリーン家は破産。

益々呪いの噂に拍車がかかり、とうとう買い手がつかなくなります。

そこで、ニューヨークのスミソニアン博物館に所蔵されます。「国が管理なら呪いも無いだろう」と言う理由です。


さーあ、長い話になりましたが、『ホープ・ダイヤモンド』の写真を載せましょう。
これです!
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ダイヤ本体だけだと、
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そう、『ホープ・ダイヤモンド』は、ブルーダイヤなんです。ブルーダイヤでは世界最大の大きさ。45.52ctもあるんです。

昨年、『ホープ・ダイヤモンド』がスミソニアン博物館にやってきて、ちょうど50年。
それを記念して、台座が新調されました。
『エンブレーシング・ホープ』と新ネームもつけられました。
それがこれです。
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女性の手が、『ホープ・ダイヤモンド』を包み込んでいるのがイメージなんだそうです。

これをデザインしたデザイナー、よく引き受けましたね、この仕事。
誰もが『ホープ・ダイヤモンド』に関わるのを嫌がっているって言うのに。。。。。。。。

でも、私にこの仕事が来たら(絶対に来るわけないけど)、皆さんより老い先は短いので、引き受けると思います。
だって、あの『ホープ・ダイヤモンド』ですよっ!

それに関われるんですよっ!

呪いの歴史の1ページになるかもしれませんが、それだけ、このブルーダイヤは魅力があります。ホント奇麗なんです。

実は私、実物を見たことがあるんです。ずいぶん前なんですが。。。。。。アメリカではなくフランスで。。。。。
その奇麗さは、目に焼き付いています。
「これがあの『ホープ・ダイヤモンド』かー」って、感激してみていました。

みなさんは、もし、『ホープ・ダイヤモンド』に関わる仕事が来たら、引き受ける勇気がありますか?

でもね、ポスターでも、宝飾デザインでも、『ホープ・ダイヤモンド』をいじれるくらいの大物になって頂きたいもんです。

めざせ、『ホープ・ダイヤモンド』いじりっ!


最後に、勇気ある方をご紹介しましょう。
この、台座が新調された『ホープ・ダイヤモンド』を身につけて撮影したスーパーモデル『ヒラリー・ローダ』さんです。
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超美人!さすがスーパーモデル!
度胸もスーパーですっ!

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