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2011年3月

2011年3月27日 (日)

コンピュータは魔法の箱ではない……

デザインの仕事をしていると、ちょくちょく、コンピュータをまるで魔法の箱みたいに思っているクライアントに出会うときがあります。

たとえば、正面しか写っていない写真を渡して、横顔にしてくれと言う人までいます。
写っていないんだから出来る訳が無い。

なんでこんな事を考えるんだろう。


富雄美研の皆さんが産まれた頃は、当然コンピュータは当たり前にありましたよね。
私が産まれた頃にもありました。
でも、今の皆さんとは全く違うコンピュータです。
もちろん、家庭の中には全く入って来ていません。

昔を思い出してみると、私も子供の頃、コンピュータは魔法の機械と思っていました。
漫画の中に描いてある事を鵜呑みにしていたんです。

でっかくて、なんでも言う事を聞いてくれて、なんでも先々に作業をしてくれる自動機械。電子計算機。電子頭脳。
漫画の『バビル二世』に出てくるバベルの塔の大コンピュータなんか、私の理想のコンピュータでした。
Babel1

でも、子供ってのは、だんだん理想は崩れ、現実を見せられはじめる訳です。
そんな事は、コンピュータに出来ないって。。。。。。。

みんなそうなのに、大人のクライアントさんは、なんで現実を知らずに、まだ魔法の箱だと思っている人がいるんでしょうか。
「はよ、大人になれよ」って言いたくなります。


でもね、


実は一度、世界の人たちは、魔法を見せられたことがあるんです。


それは、映画の中でです。


その衝撃的な映画が、『ジュラシック・パーク』です。

だって、スクリーンの中に、生きた恐竜がいるんですもの。
Dyino

当時、この映像に世界がびっくりし、コンピュータの実力を改めて見せつけられた訳です。
そりゃ、これを見たら、コンピュータで何でも作れると思ちゃいますわな。

でもね、現実は、やはり大変なもの。
このジュラシック・パークと言う映画は、だいたい2時間の上映時間です。そのうち、5分20秒しかコンピュータの恐竜は出てきません。
それに、この5分を作るのに、オペレータの訓練も入れると5年と言う途方も無い時間が費やされ、45億円というこれまた莫大な資金が投入されたんです。

昔、クライアントさんがコンピュータで作る画像を無理強いして来た時には、こっちも(かなり頭に来ていたんですが、柔らかい口調で)映画ジュラシック・パークの例を出し、
「数年の歳月と数億円をかけて、たったこんな写真を作るんですか?」
と、説得したもんです。

あれから18年。コンピュータも進化し、費用も格段に安くなりました。
利用される方々にはありがたい事なんでしょうけど、依頼を受ける側には、膨大な仕事量が増え、世界中のデザイナーはひぃひぃ言ってます。

でもコンピュータのおかげで、我々も絵を描いたり、画像処理をする時に、水や絵の具を用意する必要も無くなり、やり直しまで出来る。

30年前、18年前なんかとは違う魔法を見せる事も可能です。

確かに使い方の訓練はいります。でも、2〜3年のこと。
コンピュータを使って何をするのか、何を描くのかの訓練にはもっと時間がかかります。それこそ、ずーっと勉強です。
10年、20年どころじゃないですね。

富雄美研の皆さんは、どのくらいコンピュータが使えるのかは判りませんが、いましている事は、これからの膨大な勉強のスタートラインを越えたところにいる訳です。
将来コンピュータの形や使い方が変わっても、いましている事がすべての基本になります。
間違いなく!

手を抜かずに、社会のみなさんに、面白い魔法を見せてあげられる職業人になって下さい!

2011年3月23日 (水)

この国はつぶれない。  あなたなら出来る。

今回の大災害で、お亡くなりになられた方に、心より哀悼の意を表します。
今回の大災害で、被災された方に、心よりお見舞いを申し上げます。


今、テレビ、インターネットの世界で目にする事は、まるでSF映画に出てくる題材のようにも思える事ばかりですね。

地震・津波・食料不足・燃料不足・医薬品不足・エネルギー遮断・交通遮断・経済混乱・首都機能低下・原子力発電所の大事故、放射能災害・そしてたくさんの避難されている方々の苦しみ………

非現実的な現実が、我々の目に前に突きつけられています。


我々に身近なところでは、
受験が中止になった学校もあります。
採用を取り消さざるを得ない企業が続発しています。
停電で、仕事ができない人がたくさんいます。
住むところも働くところもすべてつぶれ、海に持っていかれた方がたくさんいます。
家族を取り上げられた方々もたくさんたくさんいらっしゃいます。

被災された地域も、被災を免れた地域も、すべて巻き込み、日本国が傾いています。


しかし、

しかし、立ち直れる。

必ず出来る。


今から、わずか66年前。
戦争で日本は壊れかけていた。
東京も大阪も名古屋も、大都市も街も焼け野原になり、工場もすべて灰になり、広島や長崎に原子爆弾まで落とされて、

この国は本当に一時つぶれかけていた時がありました。


でも、その時、戦争をやっていた軍人に代わって頑張った人たちがいました。だから立ち直った日本。そのおかげで今日の日本があります。


我々も、その時と同じ『日本人』です。
わずか66年しか変わりがありません。


あのときと違う事。
それは、電話やインターネットと言う新しいコミュニケーションを取る方法を持っています。
人と人との関わりが薄くなっている事は事実です。
ですが、遠くの人同士が繋がる事の出来るテクノロジーは持っている。

モバゲータウン、mixi、GREE、Yahoo! Days、Facebook、BEWE、Twitter………
ソーシャルネットワーキングに加入している人も数億人を越え、ふたたび世界中が、この大災害に被災した方々に力をあたえようと動き出しています。
力を合わせられやすい環境があります。

街頭募金に立ってくれている方々もたくさんいます。
義援金は、一週間ですでに223億円以上になっています。あの阪神大震災をも凌駕している。
ここまでの事は今まで無かった。


出来る。我々は出来る。あなたなら出来る!

節電し続けて下さい。
わずかでもお小遣いから募金箱に入れ続けて下さい。
何でも良い、作り続けて下さい。
何でも良い、描き続けて下さい。
何でも良い、書き続けて下さい。
何でも良い、手伝ってみて下さい。
何でも良い、自分を持って下さい。

そして、どんな事でもいいし、どんな組織でもいいから、自分の中で『独立』してみてください。

独立すれば、ほんのちょっとの事を自分のためには前向きに、被災地のためには行動を出来ると思います。

そのほんのちょっとのことが、送電され、道をまた作り、物資が届き、また新たな生活を始められる人たちがいます。

富雄美研の方々、
皆さんはたくさんの日本国民と同じ環境かもしれません。が、何かを作る技術を持っています。
大きなものを作ることのできる技術を学んでいます。

手を止めないで、学び続けて、作り続けて下さい。


日本は立ち直る。

あなたなら出来る。

-----------------------------------------------------
ここからはちょっと個人的になりますが、
私も行動してみました。

わずかですが物資を提供しました。
わずかですが、募金に協力をしました。
非力ですが、作ってみました。

あなたも、してみて下さい。
見て頂ける場所は、このネットの世界に無限にあります!


《被災地への応援マーク》
Supporteastjapan2

《使い方》
Supporteastjapan


《ポスター》
Setuden


《ポスター》
2


投稿画像は、私が作ったものです。著作権は放棄します。
ご自由に使ってください。

2011年3月 9日 (水)

今回のネタは息抜き 映画に登場するガジェット

ちょっと息抜きネタです。男の子向きの内容になるでしょうけど(笑)

皆さん、映画は見ますよね。
それにいろんなものが登場します。

その映画がヒットすれば、その商品もヒットすると言うのは、今も昔も常のようです。

映画に出て来た化粧品がヒットしたり、洋服がヒットしたり。。。。。。。。

ドラマでも同じ事が言えます。
ちょっと前のドラマ『ごくせん』では、主演の仲間由紀恵さん扮するヤンクミが着るジャージは毎回変わっていました。
ジャージを作っているメーカーが、テレビ局に「仲間由紀恵さんに着てほしい」とドンドン送って来る訳です。
そこで、ドラマスタッフは、毎回ヤンクミが着るジャージを変えていました。送られて来たジャージをヤンクミに着せたんです。
そうしたら、そのジャージはすべてがヒット商品になりました。
恐るべしヤンクミ!


昔に話しを移すと、映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のタイムマシン《デロリアン》も、高額商品ながら大ヒット!
今では、この生産会社が倒産したため、オリジナルデロリアンは数千万円出さないと買えないくらいのプレミアムになってしまっています。
私もほしい!!
Photo

こちらがオリジナルデロリアン
Photo_2


この一連で有名だったのが、007シリーズです。
いろんな秘密兵器や道具・車が出てきます。

クレジットカードから、鍵が出て来たり、金庫破り用の特殊道具なんかもありました。
これは、ごくせんと同じように、いろんな会社が使ってくれと、その商品を送って来るんだそうです。


商品をヒットさせる・売る努力は、デザイナーだけでなく、プランナーや営業職の方々もしのぎを削っている訳です。
営業職でも、りっぱなクリエーターになり得る訳です。


デザイナーだけでなく、皆さんも営業職の方と力をあわせて、ヒット商品を世に出していって下さい。

さて、007シリーズから、手に入った画像を交えて、ヒット商品になっていったものをいくつかご紹介しましょう。


まずは、車。
イギリス車の『アストンマーチン』です。
Photo_3

機関銃や防弾板、スモークや飛び出す座席等、おてんこもりでした。
とても人気が出て、実車もヒットした名車です。


次は、同じくイギリス車の『ロータスエスプリ』
007私を愛したスパイで登場した、水に潜る潜水艦カーです。
実際、撮影では、水に潜るロータスエスプリはあったんですが、漏水がひどく、撮影に苦労したとの事です。
Photo_4

これが実車。
Photo_5

こいつももう手に入りません。生産が終了していて、プレミアで手に入れるしかありません。
お金儲けして、手に入れて下さい。


次は、日本では手に入りません。拳銃です。
ドイツのワルサー社製『ワルサーPPK』です。
ジェームスボンドが使用するMI6配給の拳銃です。
これも、ヨーロッパ・アメリカで大ヒットしました。
Ppk

時計です。
オメガの時計です。
Photo_6
オメガシーマスター007モデルです。限定販売。これも大ヒット!

オメガは007映画に多数出てきます。
小型爆弾が仕掛けられていたり、ワイヤーが出て来たり、強力磁力が発生したり。。。。。
これなんか、レーザー光線が出て来て、手錠を切ったりするんですよ!
まあ、レーザーオメガは売ってませんけどね。
1


日本のメーカーも負けてはいない。
SEIKOです。
これなんか、メッセージテープが出て来るんです。実際には売られていませんが……
Photo_7

でも、お次の時計はありました。
メッセージが表示される時計です。
受信のみでしたが。
Photo_8


これも面白い時計です。
実際、007映画でも出て来たし、売られもしました。
テレビが見れる時計です。
007映画では、カラー画面でしたが、実際に売られたのは白黒画面でした。
Photo_9

これが実際発売されたSEIKOテレビウォッチです。
2

時計本体だけでは受信することは出来ず、時計本体にこの様なレシーバーをつなげ、アンテナの役割を果たすヘッドホンをレシーバーにつなげることでやっと受信することが可能となります。
普通に腕に付けてテレビを見ようとすると、このチューナーとつながったコードを袖の中をはわせなければならないという、隠れた努力が必要でした。
1_2

1982年発売で、私は大学生になったばかりでした。欲しくてほしくてたまんなかった。
でも、当時の価格で9万8000円。簡単にバイトで買える値段じゃなかった……


007には、大抵の男の子は憧れたもんでした。
そんでもって、こんなものを買ってもらっていました。
Photo_10

スパイセットです(笑)

私も持っていたなー。

それから、分厚い本の中身をくりぬいて、秘密道具を隠すツールを作ったり。。。。。。
子供だから、中に入れるのは消しゴムや短くなった鉛筆なんかでした(笑)
それに、奇麗に切れないんだなー、分厚い本って。。。。。。
切り口がザリザリで、汚いもんでした。
映画では奇麗に切れていて、中にはマイクロフィルムなんか入っていて……
かっこよかった。。。。。。。。。


で、ちょっと大きくなったら、金属探知器や盗聴器なんかも欲しくなる訳です。
でも買えない……高いから……

そこで、雑誌を買って、回路図をみて、自作してました。ハンダ付けをコツコツして。
ちゃんと作れましたよ、金属探知器と盗聴器。動きましたよ!

でも金属探知器は、探知範囲が5センチメートル。
盗聴器の電波到達範囲が50センチメートルと、実用には到底無理。
50センチなんて、盗聴しなくても聞こえる距離ですもんね。

でも、欲しい物が手に入らなければ、『作る!』
私の子供の頃は、これが当たり前でした。

こんなことが、私がクリエーターを目指すきっかけになっていたんだと、今になって思います。

皆さんはどうですか?

なんでクリエーターを目指したの?

それを考え直すと、これからの目標が見つかりやすいんですよ。

2011年3月 1日 (火)

受験シーズンが終わって  織田信長は……

受験生の皆さん、受験シーズンが終わり一息ですね。
合否の結果は様々ながら、一息のつき方をちょっと歴史上の偉人に照らし合わせてご紹介しましょう。

前回のブログから、テーマとする人物は『織田信長』

織田信長は、『うつけ殿様』と言われるくらい破天荒な人だった事はみなさんご存知だと思います。

織田信長が歴史の表舞台に出現するのは、当時最強と言われた今川義元の軍勢を二十分の一の戦力で討ち果たした事に由来します。

Odanobunaga

子供の頃の織田信長は、農民・町人・下級武士の子供たちとの『ちゃんばらごっこ』に明け暮れていました。
そのチャンバラ仲間が、後の家臣の前田利家などです。前田利家は、信長を尊敬する近所の兄さんみたいに思っていました。
その後、大きくなり、分別がつくようになった頃には、織田信長に忠誠を誓っているようになります。

織田信長は、そのように家臣を子供の頃から時間をかけて心身共に育てていたと思われます。
なんと計算高い。

また、戦をしたあと、恩賞を与えるとともに、全将兵に戦の『日記』をつけさせました。
『日記』の内容は、どんな命令を受け、指揮者がどんな動きをし、自分はどう動いたか。
また、その反省はどう考えるのかを書かせました。

つまり、戦の後で一息つくのは『体』であって、頭は、日記で『戦争シミュレーション訓練』を行なわせていました。
休息中も訓練をしていたわけです。

そのおかげか、織田家臣団は、武術のみならず、戦術に長け、新兵器の知識も豊富でした。
火縄銃がどれだけあれば、どんな戦果が得られるか知っていたようです。
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その火縄銃を使って、今川義元亡き後、戦国時代最強と言われた『武田信玄騎馬軍団』を、鉄砲の多弾連射で打ち破る事は有名です。
長篠の合戦です。

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この鉄砲連射の方法を使った戦術を、かなり後の時代に、あのフランスのナポレオン・ボナパルトが真似をし、革命を成功させる一因になったと言います。


戦のあとは、気を抜きがち。
その時に軍団の技量も士気もかなりのレベルで落ちる事を織田信長は知っていたんです。

だから、体の休息と平行して、『日記』といった頭の訓練で部下のレベル低下を防いでいた訳です。


受験シーズンを終えた学生さん。
合格した人、不合格だった人、ともにあなたの技量が最大限に落ちるのがこの時期です。

大きな戦(受験)の後、どうすれば良いかと言うのは、今も500年前も変わりません。

受験直前と同様にとまでは言いませんが、せめて昨年末のレベルくらいで訓練を続けて下さい。

歴史が証明しています。

あなたの技量も、織田信長軍団の技量も、全く同じなのです!同じ人間!
しかも、ほぼ同い年!
織田軍団の人たちも、16〜23歳くらいだったようです。

訓練を続けた人だけが、歴史上の人、『織田信長軍団』と同じスキルが手に入るんです。

今の時期、一番難しいのは、テンションを受験時と同じに保つ事。

むつかしいけど、これをできた人がこの後、名前が残っていくんです。。。。。。。。。。。。

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